佐々連鉱山金立坑 ズリ山
◎進入可  ○要軽装備  △要重装備  ×進入困難

No.
名称
説明 所在地 種類 状況 訪問日
No.1
星越隧道
(ほしごえ)
世界有数の銅や金の産出量を誇った別子銅山。当時の鉱山鉄道は産業遺産として静かに残されています。坑水路を目印に歩くと多くの発見を得られます。 新居浜市
下部鉄道部分
別子鉱山鉄
道 その1
× H.16 4.6
No.2
物言嶽隧道
(ものいわだけ)
国領川沿いにある煉瓦造りの隧道。保存状態は良好で、美しいポータルを持つ軌道隧道の特徴が揃った逸品です。廃線跡は近所の人の散歩コースに。 新居浜市
下部鉄道部分
別子鉱山鉄
道 その2
H.16 4.6
No.3
車屋隧道
(くるまや)
物言獄隧道より一回り大きく、少し痛み始めてきている煉瓦隧道。壁は断続的にコンクリ補修をしてあります。内部で緩やかにS字カーブを描いている。 新居浜市
下部鉄道部分
別子鉱山鉄
道 その3
H.16 4.6
No.4
中尾隧道
(なかお)
道の駅「マイントピア別子」で観光列車が通る隧道として第二の人生を送ります。端出場隧道とも呼ばれ、別子銅山の産業遺跡を楽しむ施設となっています。 新居浜市
下部鉄道部分
別子鉱山鉄
道 その4
H.16 4.6
No.5
第四通洞
(だいよん)
別子鉱山鉄道、道の駅マイントピア内にある閉鎖されている隧道です。ここを一日8時間労働3交代で2,200人もの坑夫が毎日入坑していたそうです。美しい煉瓦巻。 新居浜市
端出場地区
別子鉱山鉄
道 その5
× H.16 4.6
No.6
端出場地区
(はでば)
道の駅マイントピア別子にある隧道群など。鹿森隧道や貯鉱庫のベルトコンベヤー用隧道、スイッチバックの引き込み隧道や鹿森住宅跡地等を紹介します。 新居浜市
端出場・鹿森地区
別子鉱山鉄
道 その6
H.18 12.10
No.7
小マンプ
(こまんぷ)
'04年4月より展示場として再生された。マンプとは間歩(まぶ)、マンポ等と同じで鉱山の道という意味があるそうです。丁寧な石積み&煉瓦積みの優良物件。 新居浜市
東平地区
別子鉱山鉄
道 その7
H.16 4.17
No.8
中マンプ
(ちゅうまんぷ)
マイントピア東平を上部鉄道方向に歩いていくと目に入る隧道。金網で閉鎖されている為、内部に入る事は出来ないが見ることはできる。煉瓦と石組の好物件。 新居浜市
東平地区
別子鉱山鉄
道 その8
× H.16 4.17
No.9
第三通洞
(だいさん)
別子銅山を支えた長大トンネル。産出される鉱石を縦横に運び出し最盛期を支えた。要石に彫られた住友の社章を見ればこの通洞にかける思いが伝わってくる。 新居浜市
東平地区
別子鉱山鉄
道 その9
× H.16 4.17
No.10
日浦通洞
(ひうら)
線形は兎も角、第三通洞と向かい合わせの場所にある。内部で大縦坑があり、名前が分けられているが、第三通洞と一本のトンネルを形成していることになる。 新居浜市
日浦地区
別子鉱山鉄
道 その10
× H.16 10.23
No.11
上部鉄道
(じょうぶ)
100年以上前に日本に造られた鉱山鉄道。隧道は無いのですが、その歴史的・産業的価値に興味が湧き公開することになりました。多数の遺構が迎えてくれます。 新居浜市
上部鉄道部分
別子鉱山鉄
道 その11
予定
No.12
第一通洞
(だいいち)
上部鉄道付近に残る嶺南旧別子銅山の東延谷と嶺北の角石原を結ぶ。内部に軌道が敷かれ、人車や牛車によって輸送を行っていた。おまけに歓喜坑跡も紹介。 新居浜市
角石原地区
別子鉱山鉄
道 その12
× 予定
No.13
筏津坑
(いかだつ)
別子銅山が休山された際、この坑道が最後まで使われていたので舞台となった。内部に軌道が敷かれ、鉱山への出入坑として使われたが、現在は展示場に。 新居浜市
弟地地区
別子鉱山鉄
道 その13
H.17 12.10
No.14
佐々連通洞
(さされん)
レールが現存している鉱山軌道跡。鉱毒水処理の為、一部施設が稼動しているが、開放されている所もあり訪れやすい。平成20年中に全て閉鎖されたようです。 四国中央市 佐々連銅
鉱山 その1
× H.16 10.23
No.15
金立坑
(きんりつ)
元禄二年(1689年)には発見、掘削されていた鉱山。明治〜昭和初期は、主に銅などを産出する大鉱山であり、現在知られている佐々連鉱山の基となった。 四国中央市 佐々連銅
鉱山 その2
H.18 4.30
No.16
佐々連隧道
(さざれ)
元禄二年(1689年)には発見、掘削されていた鉱山に関連していると思われる隧道。明治〜昭和初期は、銅や硫化鉄などを主に産出する大きな鉱山であった。 四国中央市 佐々連銅
鉱山 その3
× H.16 6.19
No.17
伊豫鉱山
(いよ)
元禄年間に発見されていた古い銅山。愛媛の中では、やや知名度が低いようですが、石垣などが残された施設の痕跡から大きな鉱山だったことが分かりました。 四国中央市 銅鉱山 × H.18 8.6
No.18
新宮鉱山
(しんぐう)
住友金属鉱山の別子・佐々連及び、高知県の白滝鉱山と鉱区を接した鉱山。古生代三波川系変成岩類の緑色片岩中にあるキースラガー鉱床を採掘していました。 四国中央市 銅鉱山 H.20 11.23
No.19
千町鉱山
(せんじょう)
大正初期に開業し、大正末期に閉山した小規模銅山。短命ながらも綺麗なキースラガーを産出しており、敷かれたままのレールトロッコが残されています。 西条市 銅鉱山 H.18 9.30
No.20
細野鉱山
(ほその)
操業時期推定・規模推定・採掘鉱物推定! そんなレポートを公開するなよと言われても仕方がない物件です。しかし、これ以上調べることが難しそうな問題物件。 西条市 満俺鉱山 × H.20 3.20
No.21
鞍瀬鉱山
(くらせ)
マンガンを採掘していた零細鉱山ですが、近年の研究にて、非常に珍しい鉱物が発見され、鉱物マニア間で大人気となっているそうです。でも、穴がメインのレポです。 西条市 満俺鉱山 × H.20 3.20
No.22
明賀鉱山
(みょうが)
銅及び硫化鉄鉱の零細鉱山。私も参加させて頂いている「愛媛石の会」の巡検でおこがましくも案内させて頂きました。会誌に寄稿した原稿をカラーで紹介。 西条市 銅鉱山 H.22 4.24
No.23
岩城金山
(いわぎ)
しまなみ海道から船を使って渡る離島です。小さな島へ観光目的で行ったら、鉱山跡への案内看板を発見!全く情報の無い鉱山でしたが、勿論突撃してきました。 上島町 金鉱山 H.19 2.12
No.24
金山鉱山
(かなやま?)
「かねやま」か「きんざん」鉱山かも?名は、案内看板のまま漢字で表記しています。高縄半島は重金属を産出した鉱山が多く、ここにも珍しい鉱物がありました。 今治市 灰重石・
鉄鉱山
H.23 1.30
No.25
一宝鉱山
(いっぽう)
四国に点在していた小規模マンガン鉱山の一つ。小さなレールが落ちているのでズリ出しや運搬にトロッコ道を敷設していたことが分かる。昭和中期まで操業? 西予市 満俺鉱山 H.18 7.23
No.26
龍澤寺鉱山
(りゅうたくじ)
現在は、緑地公園にもなっている由緒ある寺院。その敷地内に坑道が残されているのは余り知られていないようです。江戸時代に発見された鉱山、辰砂?輝安鉱? 西予市 輝安鉱山? H.18 7.23
No.27
大日本
ドロマイト鉱山
(ドロマイト)
夢の中のお話・・・?ちんから洞という鍾乳洞を探し、穴組総員が辿りついた不可思議な穴!? 行きは良いよい、帰りは怖い・・・。ついに後悔、じゃなくて公開! 西予市 石灰鉱山 H.22 4.25
No.28
佐島隧道
(さしま)
明治26年〜大正9年に稼動した銅の精錬所跡を持つ無人島。精錬所が九州、大分県佐賀関町へ移転した後の一時期、佐島パークとして観光地化されたこともある。 八幡浜市 銅精錬所
廃道
H.16 8.15
No.29
砥石山
(といしやま)
砥部焼という磁器が有名な愛媛県伊予郡砥部町。その歴史は古く、江戸時代から続く伝統産業であり、製造方法が藩の機密だったので原石も町内で産出された。 砥部町 陶石鉱山 H.19 3.4
No.30
四国
陶石鉱山
(しこくとうせき)
五ヶ月分の記録しか見つからなかった砥部町(旧広田村)上尾峠に残る零細鉱山です。アルプ日記さん&こうちゃんの落し物さんとの合同探索をレポートします。 砥部町 陶石鉱山 H.21 7.5
No.31
銚子滝鉱山
(ちょうしだき)
砥部町は平野に近い場所に鉱山が点在しており、大いに発展していた。終戦後、この鉱山の硫化鉄が化学工業の発達と日本経済の復興に大きく貢献している。 砥部町 銅・硫化鉄・
輝安鉱山
H.19 5.21
No.32
横道鉱山
(よこみち)
かつて砥部町内にあった小規模鉱山跡地。江戸時代に開山された記録があり、閉山は終戦と同じ昭和20年でした。小さな坑道が良好な状態で現存しています。 砥部町 輝安鉱山 H.19 5.21
No.33
弘法師鉱山
(こぼし)
日本最後の輝安鉱山跡地。昭和27年9月に一旦休山したものの、高品質な鉱石に恵まれていたので昭和40年に再開、同48年まで操業されていました。合同探索。 砥部町 輝安鉱山 H.21 10.25
No.34
古宮鉱山
(ふるみや)
開坑は大正8年、経営者を代えつつ昭和35年まで操業していたので、大規模な坑道が好状態で現存していました。合同探索。希少鉱物も発見されているそうです。 砥部町 満俺鉱山 × H.20 2.23
No.35
大宮鉱山
(おおみや)
宮ヶ成鉱山(みやなる)と紹介されることもあります。規模・品質共に富鉱脈にありつけぬまま閉鎖した個人経営の零細鉱山。廃村に残る廃鉱の悲しい末路を紹介。 砥部町 銅・硫化鉄・
輝安鉱山
H.22 2.20
No.36
伊予鉱山
(いよ)
大東亜戦争時に国是として、急遽開発されたという山。その特殊な事情の関係か、非常に短期間の操業であり、資料が皆無に近く謎の鉱山となっている。 久万高原町 硫化鉄鉱山 H.21 10.25
No.37
中津鉱山
(なかつ)
愛媛・高知県境の山中に残り、四国で屈指の古さを誇るマンガン鉱山跡。久主鉱床と鉢鉱床が開発されており、今回は久主鉱床を訪問した記録を紹介しています。 久万高原町 満俺鉱山 H.20 12.30
No.38
福見川鉱山
(ふくみがわ)
非常に危険な崖を登れば、マンガンの小規模な露頭が2ヶ所ありますが、周囲にズリはありません。見学したのは坑道の方で、簡単な薮漕ぎで訪問できました。 松山市 満俺鉱山 H.22 2.7
No.39
二川登鉱山
(にごと)
鉱山の名称は「二川登」となっていますが、存在する集落の名称は「仁川登」と微妙に相違しています。どちらも読みは同じ「にごと」でした。案内していただき発見 伊予市 銅・硫化鉄
鉱山
H.22 1.30

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