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マンガン・輝安鉱
坑内図 
サンボーン石、チョコレート鉱など、希少な鉱物が
発見されている鉱山。※愛媛県採掘権登録 第173号
主に、ガラスなどに使われた珪酸マンガンという鉱物と
インクや顔料になる輝安鉱を産出した鉱山です。

坑道を初めとする遺構の多さに驚かされました。

アプローチ 
今回の鉱山レポも事故防止と荒廃予防の為、
鉱山系サイトのルールに則って地図は非公開です。
鉱山への元来あった道路が消失してしまっているので、
鉱毒で色の変化した谷を直登してアプローチしました。
(※毒水の影響では無く、変質安山岩の風化したものではないか?
  と、のごたつ様よりご教授頂きました。確かに毒にしては違和感が…。)


ほどなくして、複数の石垣が目に入りますが、
これら石垣群は鉱山と共に築かれたもののようです。

ズリ山 
古宮鉱山の珪酸マンガン(ガラスの材料)鉱床は、
三波川変成岩類の石英片岩中に胚胎する
芋状鉱床を形成していたそうです。

また、ほとんどの鉱床に紅蓮石英片岩を伴い、
母岩の褶曲構造に内包されているとのこと。

※産業技術研究所 地質調査月報より

鉱山 
輝安鉱(アンチモン)の散見されるズリを越え、
いくつかの坑口に出会えるまで約10分の直登です。

昭和32年3月時点で、この山で産出されたマンガンの
粗鉱品位は27%で、既採掘量は3,600tとのこと。

昭和26年〜30年(1951〜1955)まで品位33〜42%、
月産40〜60tであったとの記録も残されていました。

大切坑(東3号坑) 
谷を登り、初めに目にする山の遺構です。
この大切坑は、鉱石の搬出用に開けられた坑口で、
坑内で鉱車に乗せられた鉱石が搬出されていました。

最終的な経営は、大阪の辻中工業株式会社により
主たる鉱石はマンガンとアンチモニー(輝安鉱)、
権利を所有する面積は3,076aだったそうです。
この探索は後にして、まずは更に上へと進みました。

大規模遺構 
坑口前から見上げると鉱山事務所の石垣がありました。

昭和32年3月の辻中鉱業経営時代には、
従業員男22名(坑内扶6名)・女5名とあり、
装備品に足尾横型50馬力コンプレッサー1機・
古河ASD18型湿式手持ち削岩機6機が特筆されています。
総採鉱量は6,000t以上、他にも探鉱の余地がありましたが、
輸入鉱石の影響などで採算が悪化して休山しています。

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