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コンクリ巻
地図 
平成20年(2008)、北灘漁火トンネルの開通によって、
旧道化した隧道を訪問したので紹介します。

平成20年という、つい最近の旧隧道化ではあるものの、
隧道は長らく活躍してきた物件の為、貫禄充分でした。

宇和海側 アプローチ道分岐点 
隧道へのアプローチは、ここを南進。

北灘の集落は、昭和30年(1955)に岩松町らとの合併によって
津島町となるまでは、北灘村という自治体でした。
平成17年には、更に合併して宇和島市となっています。

集落は、隧道を挟んで大きく二つに分かれており、
どちらも北灘湾を望む漁村の風景でした。

宇和海側 旧道 
かつて、この付近では海運が盛んであったため、
貧弱な道路が海岸沿いにあったのみでした。

時代が昭和に入ると、自動車交通を迎え入れるべく、
北灘隧道等の道路網が整えられ始められます。

平成になると、主要県道として大きく整備が進み、
新トンネル等が施工されるようになりました。

宇和海側 坑口 
自動車の離合は不可能です。

しかし、完成当初は漁業が大変盛んな時期であり、
栄える地域にとって待望のトンネルでした。

隧道手前の擁壁と、上部の石垣は完成当初からの物。

扁額 
通学路でもあり、唯一と言ってもいい道路だったので、
新トンネルの開通で安全性が飛躍的に増しました。

こちら側の扁額と南レク側の扁額では、書体が微妙に
変わっています。一つ一つが手作りだったのでしょう。

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