土佐石灰工業専用線
廃線跡を歩く
消えた廃線 
高速道路や大きな郊外型パチンコ店となり、
廃線の痕跡はものの見事に消滅しています。

あと10年もすれば、線路が通っていたことさえも
人々の記憶から忘れ去られてしまうのかも・・・。

この場所には大きな橋梁が架かっていたのですが、
須崎市側橋台跡が僅かに改修痕を残すのみでした。

枕木? 
こちらは元々800m程しか無い小さな廃線でしたが、
前回訪問時に見られた橋台も消えています。

ところで、今回新たに気がついたのですが、
押岡川と桜川の合流点に係留される船の基礎に
幾つか枕木が使われていました。当時の物かな?

工場側橋台 
工場に近い側の橋台跡地も改修済。

実際の橋台は残っていませんでしたが、
痕跡は分かるので当時を想像できました。

他サイトで、橋梁上のDF50やDE10の重連に引かれた
貨車(ホキ)が水面に映る写真を見ることができます。

工場脇にて 
工場側の橋台跡地と市道のガードレールの間に
踏切の基礎と思わしき痕跡が残されていました。

斗賀野側の築堤や、積込場の脇に残されている
踏切の痕跡と同じなので間違いないでしょう。

フェンスの外から 
工場の敷地内が見える場所から撮影。

場内の道路が、いかにも軌道っぽいカーブを
描いているのが分かりました。他の痕跡は無し。

大別すると斗賀野と多ノ郷の2本に分類できる
土佐石灰工業(太平山鉱山)専用線でした。

おまけ 
画像は工場と港の間にある隧道です。

工場で選別された鉱石は、須崎港に送られて
貨物船へと積み込まれていました。

以前は、この画像の隧道内を機関車と貨車
走ったとのことですが、現在はベルトコンベヤーに
置き換えられています。現在も稼動していました。

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