[HOME]豊予要塞 佐田岬半島
道の無い山奥に隠れた名戦跡!

さらに分岐
途中、唯一ある民家の脇で更に道が分岐。

コンクリの道は港へ向かう道で、
第二砲台へは谷をまたいで山へ向かう未舗装路です。

写真のようにやや荒れつつありますが、
薮の薄い時期だったので苦労なく歩けました。

第二砲台へ
素直に進むのが面倒になって少し斜面を直登しましたが、
道がダートになってから100mと少し進めば要塞に到着です。

佐田岬第ニ砲台は大正15年(1924)11月の起工で、
この年に大正天皇が死去し、元号が昭和になりました。

完成は昭和2年(1927)10月、リンドバーグが
初の単独大西洋無着陸横断飛行に成功した年です。

砲台跡(東側の西)
この写真が佐田岬第二砲台跡地。

佐田岬の第二砲台には、これまでのレポで紹介した
穹窖砲台や第一砲台の据え置き式の野砲と違い、
露天の榴弾砲が設置されていました。

そのため、今までの土台チックな遺構と違って
地面にポコンと穴が開いている砲座跡が残っています。

砲測庫(東側)
砲座跡の脇には砲側庫と呼ばれる建築物。

これは弾薬を保管していた弾薬庫と、
兵員の休憩所兼避難所を兼ねていたようです。

弾薬庫
砲側庫には二つの部屋が残されており、
両方とも弾薬庫として使用されていたようです。

頑丈なべトンで固められているので綻びも少なく、
壁面には鮮やかな迷彩模様が残されていました。
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